みなさんの声「手仕事とわたし」

園して半年。手作りに没頭するこのひとときが、育児に追われる日常の中で、大切なよりどころとなっています。
出来上がるものはまだ稚拙ですが、それでも子どもはいちいち喜んでくれます。毛糸、羊毛、布、木工、かご…もともと自分で親しんできたものから、この機会がなければ体験することがなかっただろうものまで、取り組む題材は多岐に渡り、一年目から早くも向き不向きが見えてくるのも面白いところ。
この先続けていく中で、それがどう変わっていくか、自分の変化も楽しみです。 (1年目 Kさん)

供が入園する前は、シュタイナー教育についてよく知りませんでしたが(今もですが...)、雑誌等で見るシュタイナーのおもちゃは素敵だな、と 思っていました。
偶然が重なり入ったこの園で、自らがそれらを作る機会に恵まれ、なんとなく素敵だな、と思っていたものには、見ただけでは分からなかった、子供への深い配慮とでもいうべきものがあることに驚きました。
たかがおもちゃ、されどおもちゃ、です。
自分が作ったおもちゃで子供が遊んでいることが単純に嬉しく、同時に、この時代に一つ一つ丁寧に手で作ることの意味を考えさせられます。
今後、どのようなことを学べるのか楽しみです。 (1年目 Aさん)

作りのものが持つ風合いやあたたかさに憧れながらも手芸や図工が苦手。まして、小さな子どもとの暮らしに、手しごとの時間は存在するのか不安でいっぱいの気持ちで手しごとの会に参加しました。
先輩たちの姿とともに、シュタイナー教育における手しごとがどのようなことかを聞くことで、子どもに伝えられること、分かち合える世界、そして、手しごとが社会への働きかけていることの大切さを知り、大きな喜びと感動に包まれました。
現在はたくさんのサポートを得ながら、素材や手しごとのリズムを味わうことで、楽しい時間が日々にあふれています。 (1年目 Hさん)

園の際 ワンポイントの簡単な刺繍に2時間掛かりました。娘の分1つだけ丁寧に仕上げよう!そう思いながら続けた手仕事も3年目になります。失敗を繰り返してやっと完成する玩具はどれも本当に嬉しそうに大切に遊んでくれています。
手仕事と遊びを通して娘の成長を目の前で感じられたこと、少しずつでも繰り返しを積み重ねた手の感覚は母親として人としての自信となっています。手は確かだと思いました。
もう少し大きくなった娘と一緒に手仕事をしながら幼稚園の思い出話をするのが楽しみです。 (3年目 Sさん)

い間手仕事に携わり、それがいつしか趣味から仕事へ。この園との出会いも手仕事がもたらしてくれた。入園、そして手仕事の会入会から半年経ち、私は今 大きな気づきを感じている。
今までの手仕事は「自分の手から産まれるモノ=商品」であった。いかにスピーディーに完成度の高いモノに仕上げるか。しかしこの概念は、周りの仲間や講師の先生方との関わりの中で大きく変わっていった。
制作過程を楽しんで…。不格好でもいいじゃない…。お母さんが作ったモノが子どもにとって、一番…。
完成度重視でない世界。緩やかで温かな時間。それは何だか新鮮で、私を自由にしてくれる、嬉しい世界なのだ。 (1年目 Oさん)

を動かして何かを創ること、好きだったんだ、この園の手仕事に参加しはじめの頃、思いました。
自分で想うものを創ることは、いつでも自由にしてきたけど、型を教わりながら、みんなと作るのは、一人でするのとはまた違った多くの氣付きや学び、発見があり、貴重な体験です。子どもが喜んでくれるから。それだけでなく、なぜだか自分と向き合う時間にもなったり。。
そうして、イメージしたものが型になってゆく。当たり前のように、手仕事で繰り返すこの作業は、作品が想い通りに出来た!!!出来ない...に関わらず大切な何かがあり。
手仕事をしている時 イメージして、手を動かして、創って。
作品が仕上がるまでに、その何かが私のなかで創られてゆく。
そんな体験もさせてもらえたり 可愛い作品が出来上がったりそれは愉快な時間です。 (2年目 Tさん)

み物や手先を使うことに関心はあったものの、高校の家庭科の針仕事では成績2をとり、苦手意識がぬぐえないまま手仕事の会に参加しました。
編み棒を使った編み物をはじめ、様々な手仕事に触れていくうちに、自分の向き・不向きを感じることができました。講師の方もテーマ毎に変わり、それぞれ個性的で、その場でのお話もユーモアがあり楽しいものです。
講習後に自宅でおさらいすると、様々な変化があります。こども達の遊びに手仕事のまねごとが入り、それぞれの遊びへと昇華していく様は、いつも驚かされます。
手仕事を通して私の内と外の変化を感じる事が、手仕事を続ける大きな助けになっています。 (1年目 Tさん)

にはこどもが危なくないように神経を使い、ヘトヘトになっていた時代がある。そんな全く気が抜けない状況なのに手仕事なんて無理!と思っていた。
それがやってみると逆にこどもと過ごす時間が快適になることがわかった。手は仕事をしているが頭の中は他の世界に行ける。そして手仕事だけに集中しているように見えるが、同時にこどもの動きも捉えている。
正面から向き合うとこどもの随所が目に付いて、”こどもの為”という名目で叱言が増え、なかなか上手く行かない。しかし手仕事しながらだと、要らぬ発言が減る。お母さんがそうだからこどもも快適…となる。 (1年目 Wさん)

仕事は、やれば何かが分かる。力を抜いて、手を抜かず。肩ひじ張らず、呼吸を大切に、でもここぞというポイントは見抜いて、つかまえて、押さえる。手仕事は、ものを作るだけでなく、子育てはもちろん、人生にも通じる秘訣が詰まっている。
それぞれの人が、自身に必要なことを自分で発見していく過程は、本当に美しい。ともに活動する喜びが、ここにある。それぞれが得た何かは、体験しなければ見つからないことばかり。考えていても分からない。
思考を止めて、手を動かす。「好き」「嫌い」とか、「やりたい」「やりたくない」とか、ついついおざなりにしてしまいがちな自分の本心、自分の声に耳を傾けることができる。
子どものためというよりも、私自身のために、続けていきたい。脳内おしゃべりが止まらない私に必要な、地に足を付ける時間だ。
この手の仕事が、世界を変える。これは本当のことなのですよ。
(9年目 Nさん)

どもが楽しそうに遊ぶ顔を思い浮かべながら自身の手を動かすことは、素材と向き合っている間に我が子や自身とも向き合っている感じがします。
時間のテンポがどんどん速くなる日々の中で、自然とゆっくりとした呼吸に変わり、小さな小さな達成感と一緒に充実した気持ちに包まれる不思議なひとときです。 (2年目 Nさん)

の会で遊び紐の作り方を初めて教わったときに、途中間違いに気付かず編み続けていました。指摘されて、ほどいてやり直す過程で、「ここまで編んだのにああ、残念」という単純な気持ちの他に、「戻ってやり直す」ということを強く否定し、それをいつも恐れてる気持ちが心の奥底にあることに気がつきました。そしてその考えが知らぬまに日々の私を追いつめていたことに。
今は、「編み目を間違えないように…」という緊張感と、「もし間違えても戻れば大丈夫」!というゆとり、両方の気持ちが自由に往来するのを眺めながら、一目編むごとに自分の心が落ち着き、しっかりとしてくるのを感じられるようになりました。 (2年目 Kさん)